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オリックス宮城大弥の壮絶貧乏伝説!幼少期から学生時代のエピソードまとめ

2019年ドラフト1位でオリックスに入団し、2年目のシーズンに大ブレイクを果たした宮城大弥選手。

沖縄出身の高卒プロ野球選手の彼ですが、小さい頃から貧乏で爆笑エピソードも満載なんですよね。

今回の記事では、宮城選手の幼少期から学生時代にあった伝説をまとめてご紹介したいと思います。

 

宮城大弥の貧乏伝説エピソード

 

オリックスの先発投手陣の一角を担っている、黄金左腕の宮城大弥選手。

山本由伸・山岡泰輔選手など日本を代表するピッチャーと並んで、大きく飛躍しました。

 

そんな宮城大弥選手ですが、かなり貧乏な家庭で育ってきたと本人も語っています。

具体的にどんな家庭環境だったのか、ここで詳しくご紹介していきたいと思います。

 

貧乏家庭になった理由と原因

そもそもなぜ貧乏だったのかというと、お父さんが定職につけなかったからだそうです。

宮城選手が幼い頃、交通事故で左腕が不自由になったことが原因で、就職できなかったとのこと。

今の時代なら選べる仕事も多いですけど、当時は体が使えないと仕事もできない時代だったのでしょう。

 

お父さんも「家族には本当に迷惑かけた」と話されていますが、毎日笑いが耐えない家族だったそう。

ご両親が明るい性格だったこともあり、貧乏でも幸せな家庭環境だったのは素晴らしいことですね。

 

ちなみに、宮城選手は兄3人・姉3人・妹1人の8人兄弟という大家族なんですね。

そりゃ貧乏になるよな・・と思ってしまいますが、このへんの天然具合も面白く感じてしまいます笑

 

700円グローブ→父親が溶かす

 

4歳から野球を始めた宮城選手ですが、貧乏ゆえになかなかグローブを買えませんでした。

そんな中、お父さんは700円のビニール製のグローブを買ってあげたそうで、宮城少年も大歓喜。

 

宝物のようにこのグローブを大切に使っていた宮城少年ですが、安物ゆえに使いにくかったよう。

それを知った父親は、どこで仕入れた豆知識か不明ですが、レンジでチンするという手段に出ます。

すると、フニャフニャに溶けてしまい、宮城少年もかなりショックを受けてしまったそう。

 

プロ入りの時のインタビューで父親は、このエピソードに対してこんなコメントを残されています。

 

大弥が泣いていた表情が今も忘れられないです。

 

確かに、これは泣きますね。

 

1週間具なしカレー生活

 

食事に関しても、貧乏メシとして「1週間具なしカレー生活」があったそうです。

しかもたまにではなく、結構定番メニューとして具なしカレーの日があったとのこと。

確かに子供はカレー大好きな子が多いですけど、、1週間連続しかも具なしだと飽きますね。。

しかもよく水道が止まっていたそうですが、、その時はどうやってカレー作ってたんでしょう?笑

 

とはいえ、そんな生活の中でも宮城家はとても明るかったらしく、笑い飛ばしていたんだそう。

やっぱり幸せはお金では買えないんだな、ということを気づかせてくれるエピソードですね。

にしても、この生活環境でよくドラフト1位選手が誕生したものだなと思います。

ユニフォームはつぎはぎだらけ

 

練習着やユニフォームを買い替えるお金がなかった宮城家は、何枚ものつぎはぎでカバー。

最大6枚重ねで対応し、チーム練習の時もユニフォームを着ていたらしいです。

具なしカレーで凌いでいたくらいですから、野球用具を買い揃えるのは厳しいでしょうね。

 

しかし、宮城選手は「ボロいユニフォームのやつがいると恥ずかしい」と陰口を叩かれる日々。

当時落ち込んでいたそうですが、父親がいつも「お前は野球のセンスがある」と励ましていたそう。

気持ちを紛らわすように野球の練習に打ち込んだそうで、結果U15日本代表に選出されることに。

 

ちなみに、智弁和歌山の元監督だった名将・高嶋仁さんはこのような話をされています。

 

育ちの良い選手と悪い選手がおる中で、大舞台やここぞって時に活躍できる選手というのは、だいたい育ちの悪い選手。そういう選手っていうのはハングリー精神が凄いから、活躍することが多い。

 

貧乏=育ちが悪いというわけではないですが、宮城選手もハングリー精神が強い部類でしょう。

プロ野球選手になって家族に恩返ししたい、という強い思いを昔から持っていたそうですから。

恵まれない環境で培われる精神力というのは、改めて大切なんだなと感じるエピソードです。

 

興南高校時代のあだ名「琉球じじい」

 

これは貧乏エピソードではないんですが、宮城選手は高校時代「琉球じじい」と呼ばれていたそう。

興南高校の我喜屋監督が、このあだ名についてこのように話されていました。

 

宮城は普段はおとなしいんですが、野球になった途端にいきなり肝が太くなるんですよ。高校生とは思えない落ち着きを持っているので、私が「琉球じじい」というニックネームをつけました。

 

ネーミングセンスが素晴らしいと思うんですけど、まさか監督がつけたとは笑

宮城選手の落ち着きはプロでもトップレベルですし、20歳そこそことは思えないですよね。

幼少期から貧しい家庭環境で育ったからこそ身についた、強い精神力のおかげかもしれません。

 

1年目年俸870万円で50万円のふるさと納税

 

プロ1年目の2020年シーズン終了後、宮城選手は沖縄県那覇市に50万円のふるさと納税を発表。

こちらの写真は、那覇市長とのツーショットですが、まさか50万円も納税するとは凄いですね。

 

良い環境の中で毎日充実した練習ができている。来シーズンも活躍できるよう頑張ります。

 

オリックスでのプロ野球生活を語りつつ、故郷である沖縄への恩返しも忘れない好青年。

家庭環境に恵まれていなかったと言われていますが、真っ直ぐ人格者の道を歩んでいて感心です。

2021年シーズンは大ブレイクを果たしたので、ふるさと納税額も大幅アップの予感??

 

スポーツだけではないですが、学生時代に良き指導者に巡り会えることは大切です。

宮城選手でいえば興南高校の我喜屋監督となりますが、素晴らしい人格形成ができた選手。

エピソードを知るごとに応援したくなる選手ですし、日本を代表するエース左腕になって欲しいですね。

 

まとめ

以上、オリックスのエース左腕・宮城大弥選手について貧乏伝説を中心にお伝えしました。

2021年大活躍を見せている選手ですが、幼少期からの苦しい家庭環境を糧に成長を遂げています。

貧しくてもプロ野球選手で活躍できることを証明していますし、子供たちに夢や希望を与えています。

これからの活躍と成長に期待したいと思いますし、侍ジャパンでも頑張って欲しいなと思います。

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